大仙古墳?仁徳天皇陵?違いとは?

歴史

先日、話題の大仙古墳に行ってきたので、今回は大山古墳についてお話しようと思います。

何故話題なのかと言いますと、皆様もご存知の通り、世界遺産に登録されるかもしれないからです。

大阪府の堺市にある百舌鳥古墳群

4世紀~6世紀にかけて200基ほど作られたもので、1500年たった現在でも44基の古墳が確認され、多くのものが綺麗な状態で保存されています。

周りにはたくさんの人も住んでおりますし、今もなお綺麗に残っているということはとてもすごいことですよね。

その1つはライフの駐車場にあるとか。。。。。

世界遺産に登録されてほしい!

その中でも最も大きな古墳が『大仙古墳』です。

全長486 mで、エジプトのピラミット、中国の始皇帝陵に次ぐ世界三大墳墓と呼ばれています。

そんな大仙古墳は仁徳天皇陵とも呼ばれているのですが、それは一体なぜなのでしょうか?

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1.大山古墳の場所

大山古墳は大阪府堺市堺区大仙町にあります。

最寄り駅は百舌鳥駅であり、これでもずと読むのですが、読めない方もおおいのではないでしょうか。

もしくは、三国ヶ丘駅からも行くことが可能であり、三国ヶ丘駅には古墳カフェなんかもあります。

それぞれの駅から拝所までは徒歩8分と15分くらいであり、拝所にすぐに行きたい方は百舌鳥駅から、堀を見ながらゆっくりと周りを歩きたい方は三国ヶ丘駅から行くのがお勧め。

大山古墳の堀は3重になっておりまして、拝所以外は1番外側の堀しか見ることができませんが、そこに住まうたくさんのカメをみることができます。

つまり、カメ好きの人は三国ヶ丘駅から行った方が良いということです!

また、もし古墳群に行って堪能するならば、1日空けておくことをおすすめします。

博物館もありますし、大仙古墳以外にも魅力的な古墳は沢山あるので。

2.大山古墳と仁徳天皇陵の違いとは?

ニュースなどや教科書で仁徳天皇陵と聞いた方もいれば、大山古墳と聞いた方も多いと思います。

仁徳天皇陵と大山古墳は同じなんですが、なぜそのように違う呼び方が存在するのかご存知でしょうか?

実は仁徳天皇陵に仁徳天皇が埋葬されているのかが明らかではないのです。

大仙古墳は平安時代の延喜式という書物の中で、仁徳天皇の大きなお墓があるという記載がされており、これまで仁徳天皇陵と呼ばれてきました。

しかし、大仙古墳の隣にある大きな古墳は履中天皇の古墳と呼ばれているのですが、調査の結果、こちらの方が古いということが明らかとなったのです。

つまり、父の墓よりも息子の墓の方が古いということ。

時系列が正しくないので、大仙古墳と呼びましょうとなったのです。

教科書は10年ほど前に改訂されており、現在の若い人たちは大仙古墳と習っているはずです。

3.拝所

大仙古墳には拝む場所、拝所という場所があります。

ここが唯一、古墳の一番内側の部分を見れる場所であり、他の場所から見ても外堀の部分しか見ることができません。

古墳が作られた当初からあった場所ではなく、後から作られた場所なんですが、とても綺麗な場所です。

かつて古墳はその周辺住民にとってとても身近な存在であり、その上でお祭りなどをしていたそう。

しかし、時代は変わり、古墳を綺麗に残していこうということで、現在では柵で覆われ、立ち入ることはできなくなっています。

拝所もその時に作られたもので、3重になった堀、や古墳本体を拝むことができるのです。

ここには黄色いジャンパーを着たボランティアスタッフの方々がおられ、丁寧に説明をしてくださります。

ぜひ、皆様も説明を受けてみてはいかがでしょうか?

4.さいごに

世界遺産委員会が2019年6月30日~7月10日に行われます。

そこで世界遺産の登録の検討が行われ、世界遺産に登録されるかが決定するわけです。

ぜひとも登録されてほしいですね。

個人的な話なんですが、百舌鳥駅の近くには大阪府立大学もありまして、我が母校なのです。

そのため、三国ヶ丘駅らへんは思い出深い地であります。